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    知っ得!食べ得!おせちの世界

    ●そもそも、「おせち」って何?

    「おせち」は、新年を祝うために食べるお祝い料理のことをいいます。
    しかし、実はこう呼ぶようになったのは戦後からで、そもそもおせちはお正月のお祝い料理だけを指すことばではありませんでした。
    おせちという呼び名は「お節供(おせちく)」の略称で、またの名を「節供」「節会」「節日」ともいいます。これらは1年のうちの重要な神様祭りの日のことを指しており、この日は、その時々に決められた食べ物を神様にお供えします。そして、そのお下がりをいただき、神様の恩恵にあやかります。
    そう、おせちのルーツは、現代社会でも馴染み深い「桃の節句」や「端午の節句」などに代表される、あの「節句」なのです。昔はこれらの節句に食べるお供物すべてが「おせち料理」と呼ばれていました。しかし生活の変化に伴い、「節供」は「節句」と表記されるようになり、神前へのお供えの習慣もなくなりました。そして、節句の一番目にあたり、最もご馳走の多いお正月の料理だけが「おせち」と呼ばれるようになったのです。

    ●なぜ、お正月におせちを作るの?

    おせちは、前に述べた通り、以前はお供物として神前に供えられていました。お正月のお供物を一番豪華にしたのは、この時期に訪れる神様は、その年の善し悪しを決めてしまうほどの特別な力を持つ神様だとされており、丁重にもてなす必要があったからです。
    そしてこの神様は、大きな音や火が苦手です。ですから、できるだけ音や火を出すことを慎むために、保存のきく料理を作る必要があったのです。
    また、お正月は新しい暦がはじまる大切な時期であり、年が明けてから初めておこなう行動の一つひとつが、その年1年を反映すると信じられていました。ですから、新たな暦がはじまるお正月には、「今年の食事が豊かになりますように」との願いも込めて、普段よりも豪華な食事を取ったのです。
    この思想は現代でも失われておらず、たとえおせちを作らない人でも、新年の食事は普段よりも豪華にするなど、縁起を担ぐという感覚は生き続けているようです。
    時代を経た今でも、おせちが作られ続けているのは、日本人の潜在意識のなかにこのような感覚が根付いているからでしょう。

    ●おせちの歴史

    おせちの歴史は、古くは平安時代にまでさかのぼります。平安時代の貴族社会では、年のはじめのほか、3月3日や5月5日などの五節供に、神前にお供物をして、悪魔払いを祈願しました。この時出されていた料理が、「お節供(おせちく)料理」と呼ばれており、つまりおせちのことばの起源です。
    しかしこの頃は、まだまだ庶民には縁遠い存在で、おせちの原形が作られたのは、江戸時代後期からだといわれています。江戸時代に入ると、庶民の暮らしは豊かになり食文化も発達します。新年に、その年の豊作を祈って食べる料理も、野菜や山海の幸を利用した、豪華なご馳走へと変化しました。現在のおせちメニューにも登場する「黒豆」や「数の子」が加えられたのもこの頃です。
    また、おせちには武士の家でおめでたい時に食べる料理「祝い膳」の要素も加えられています。祝い膳は、江戸時代末期より、「めでたさを重ねる」という意味の縁起をかつぎ、重箱に詰めて重ねて出されるようになり、この縁起は今日のおせちにも活かされています。
    このように、「おせち」は、貴族・武士・町民・農民すべての文化が混じり合って誕生した文化なのです。

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